チャオの現役ソープ嬢公開日誌!! 現役OLさんでもあるので、アップは不定期です。次回もお楽しみに!


純ちゃんのホットなデータここです

過去のコラムは、
 2000年版(〜今、なぜか「プロ」は嫌われるけど… 南の島から帰って来ました〜 〜伝説の泡姫の引退後・・・〜 etc)

  2001年版(〜〜etc)ラ・ドルフィン ニ輪倶楽部の舞台裏  〜堀之内の歴史H etc)

第36号
7月29日
 鎧も脱いでね

こんにちは、すっかりご無沙汰してしまいました。
本日の出勤をもって私の7月が終了しましたが、長期の休暇のあとの一ヶ月は大変慌しく過ぎました。今月は復帰月ということもあり今まで以上にお店に貢献しなければならないのにも関わらず、10日ほどの出勤で部屋持ちノルマ達成が危ぶまれました。その上、ワールドカップ不況から立ち直ることなく7月だというのにお店の景気は11月並みです。あまりにも予約の入りが悪くて一時はどうなることかと思いましたが、常連様の励ましと、HPがきっかけという新規のお客様もお見えになり、どうにか8月も5号室は安泰という結果になりました。私目に清き一票を投じてくださったお客様方、本当にありがとうございました。8月こそ忙しくなれば嬉しいのですが…
さて、来店契機がこのコラムだったという方もいらっしゃり、また「次回はいつ?」というメールを下さる常連様もおりまして何とか【堀の内の歴史】の続きを書きたいのですが、過酷な本業に忙殺され思うようにリサーチが出来ません。夏休み期間に何とか進めたいと思いますので、今日はお客様へのお礼に加えて近況などを書かせていただきます。

<ソープに来たら鎧も脱いでね!>
暑さのせいか、最近ご来店くださるお客様の中に体調不良をうったえる方が多数いらっしゃいます。身体のどこかというと、そのほとんどが“アレ”のことです。「以前は2回戦楽勝だったのに、最近は1回がやっと…」とか「行為の途中で元気がなくなる」という類のお悩みを聞かされます。お気持ちは痛いほど理解できます。いまどきラ・ドルフィンは大衆店とはいえ決してお安くは無いのですから、折角遊びにきてモトが取れないなんて…
でもね、ここでちょっと私の話を聞いてください。
男の人っていつもどこでも頑張っちゃうんですよね。ことエッチとなると。だから女性の前では失敗は許されないという強いプレッシャーで疲れちゃう人も多いのでは?でも、考えてもみてください。世の中に風邪をまったくひかない人っていないでしょう。どんなに健康管理を心がけても年に一度や二度、鼻水や堰に悩まされるものです。だからよりデリケートな下半身が風邪をひいたってちっとも不思議じゃありません。でも、多くの男性は、女性の前では100%の達成率を信じて疑わないのですよね。それでお店に来て、ちょっと元気がないというだけで異常に落ち込む方がいらっしゃいます。
それって余計に疲れちゃうんじゃないかな?って私は心配なのです。
私にとってソープって、非日常の空間を提供する場だと思っています。おウチで出来ないことが可能な場所です。物理的に言えばマットプレイだったり二輪車だったりしますが、それ以上にメンタルなウエイトも大きいんですよ。
最近では恋人の代役を務めることが風俗嬢のウリになっているようですが、私は恋人や女房はモチロンのこと、時に母親になったり妹になったり結構忙しいのです。でも、すべての役柄に共通するのは、お客様にとって安心できる相手でありたいということです。
日ごろお仕事で頑張っていて、奥様や恋人の前でも無理をして、常に格好良い強い男性を演じ続けていてお疲れ気味の方が、安心して格好悪くなれる場所でありたいと思うのです。
だから、ソープにきて「緊張する」なんてすごくもったいない遊び方ですよ。格好つけたり、強い男を演じようなんて全然必要ないんですよ。リラックスしに来てください。
肩の力を抜いて、鎧兜を全部脱いで、気楽な気分になったら、きっと疲れも取れて逆に元気が蘇える、ってなもんですよ。
ジェンダーフリーが叫ばれている昨今ですが、男のプライドとやらに縛られて悪循環に陥る方はまだまだ多いようです。
ここらでちょっと目先を変えて、ソープだからこそ、という遊び方を楽しんでみませんか?いつになく絶倫だったり、いつになく不能だったり、どっちもアリでいいんじゃない!?
私は、いろいろあって人間って面白いって思います。
それでは夏バテ真っ盛りの8月!みなさんいろいろ×××しましょうね。ではでは・・・

第35号
3月7日
 堀の内の歴史<12> 〜エイズパニック
 

 20世紀を振り返ると、1985年がバブル元年となっていますが、これは例の「プラザ合意」以降の円高基調に基づくものです。しかし当時高校生だった私には景気の良し悪しなんて自覚できませんし、実際に世間一般が「好景気」を認識したのは数年あとだったと思います。
 それより、85年は日本の一般人にとってのエイズ元年だったのではないでしょうか?私が「エイズ」という言葉を知ったのもこの頃で、最初は写真週刊誌がセンセーショナルに取り上げるカポジ肉腫の患者を激写した生々しい誌面でした。この年、俳優のロック・ハドソンがエイズを告白したあと間もなく亡くなったり、血液製剤での感染者が名乗りをあげたりしていましたが、当初の「エイズ」は血友病患者と男性同性愛者だけの対岸の火事的なものでした。
 ちなみに公式にエイズの症例が発表されたのは81年で、アメリカ防疫センターが5人のカリニ肺炎患者を報告しています。さらに「エイズ・AIDS」という名称は翌82年に同センターにより命名・採用されました。
 その後の調査で人類初のエイズ症例は59年にはあったとされましたが、最初の騒ぎは「東西冷戦後に人類が遭遇した悲劇」というものでした。
 本来このコーナーは堀の内という日本中のごくごく狭いエリアに限定したお話のつもりでしたが、その堀の内も巻き込んだ「エイズパニック」をもう少し広い範囲で書き始めてみます。

エイズを勉強してみて思ったことは、「エイズ問題を解く鍵はパニックを起こしている社会の側にある」ということです。エイズは新しい病気(症状)ですが、ウイルスの正体や感染経路・感染予防策などはすでに解明されていたので、日常生活での感染はないことは明らかでした。ところがエイズは空気感染でもするかのように、異常に恐れられたのです。これは社会がエイズに恐怖と猥雑な暗いイメージを与えてしまったからでは無いでしょうか。実際にエイズが怖くてマスクと手袋をして電車に乗っていた人たちがいましたし、握手でも感染するとか、デマが一人歩きしました。
 そしてエイズ・パニックは「日本では女性がエイズに絡んだ時、パニックが起こる」ということがわかりました。エイズが男性同性愛者と血友病患者などの病気と考えられている間は、社会はさほど関心を示さなかったのです。ところが風俗産業に従事していたフイリピン女性に感染者が出たり(86年11月・長野県)、女性のエイズ患者第1号が発生し、彼女は“売春”をしていたという噂がでたりして(87年1月・兵庫県)日本中がエイズ・パニックに陥りました。ちなみに、神戸の女性の“売春”は事実誤認であることが後の裁判で明らかになりました。エイズへの恐怖感が強まってデマや噂が飛びかい、患者・家族のプライバシーや人権を侵害する事件が頻発しました。魔女狩りに近い感染者探しが行われたのです。ですからこの頃の風俗街はどこも閑古鳥が鳴きまくり大変な時期だったのです。
 現代では病人、障害者、老人、子どもなどの社会的弱者を、その病気や障害ゆえに差別すれば、人権侵害事件として社会から非難されます。ところがエイズの場合は“公益性”を掲げて患者の人権とプライバシーが無視されました。何故でしょう?行政・医療・報道など当時の有識者たちの「日本もたいへんなことになる、と思うと感染者の人権など考えるゆとりがなかった」という懐述を数年後の専門誌が報じていました。
やはり、日本の社会には買売春が根深く浸透しているため、女性が“感染源”となったとき、多くの男性が不安にかられるのでしょう。“安全確認”をするためには、危険な“女性患者”を特定しなければならないのです。つまり「一人の患者の人権より、99人の命のほうが大事」とする論理がその場を支配していました。これがエイズの“社会防衛論”の本質なのだと思います。当時各地の盛り場などで多くの「エイズ患者」の話が一人歩きしていました。そのほとんどが水商売や風俗嬢で、銀座のクラブのナンバーワンだの六本木のお立ち台のスター嬢だの黒人好きの吉原ソープ嬢だの、いかにも在りそうな話が飛び交ったのです。まさに魔女狩り状態!
 しかし本気になってエイズの感染拡大を防ごうとするなら、誰もが簡単に抗体検査を受けられますし、感染者であっても医療と普通の市民生活が保障されて、安心して闘病できる社会を作れば良いのです。エイズのように自覚症状がなく、長い潜伏期間があって、しかも決定的な治療法がない病気では、脅しや強制は逆効果なはずです。「たった一人の患者の人権もを守れなかったら、99人の命も守れない」というのがエイズの現実なのですが…。そして、エイズの感染力はとても弱く、コンドームの装着で簡単に防ぐことができるのです。
 エイズ・パニックの結果、日本のエイズには「死に至る恐ろしい病気」でかつ「感染が他人に知られたら、プライバシーを暴かれ、社会的制裁を受ける」というマイナス・イメージが付着することになりました。91〜92年に発生した第2次エイズ・パニックでは、東南アジアから出稼ぎに来ていた女性たちがターゲットになりました。91年、堀之内では全国に先駆けて、接客時のコンドーム使用を事実上義務付けました。この特殊浴場協会の対応のおかげで川崎保健所にはソープ嬢の感染例は報告されていません。
しかし、パニックの大騒ぎの後はエイズへの関心が急速に薄れ、患者・感染者への差別と偏見だけが根深く残った割には、「コンドーム着用」に対する抵抗が見られ、残念なことに客を減らした店も多かったようです。
今ではエイズだけでなくあらゆるSTDを防ぐ手立てとしてもコンドーム着用はとても有効な手段です。けれども、一部の心無い雑誌やネットのサイトで「**という店はナマです」なんて情報が流れる現実もあるわけで、日本人男性の無知でマナーの無さに怒りを覚えることもしばしばあります。
これを読んでいる方々は良識とマナーをお持ち合わせだと思いますし、私自身「ナマ」を迫られた経験は一度もありません。
でも、今一度ここで再確認したいのは、エイズを含むSTDが性感染症である以上、もしも「感染」して「被害」を受けてしまったら、その次の瞬間から「加害者」になるのだということです。
堀之内のソープでは売春防止法違反単独での摘発は未だ起きていません。それは多分、違法ながら被害者がいないことによる当局のお目こぼしなのでは?と私は思っています。だとすれば、私たちはエイズを含むSTD感染の「被害者」や「加害者」になるわけにはいかないのです。どうかご理解くださいね。
さて、次回はこの頃の堀之内の出来事を書きますのでもうしばらくお待ちくださいね。

第34号
1月18日
 〜二輪車に興味のあるお客様へ
  数日間ポカポカ陽気が続きましたが、お天気はまたまた下り坂で
今年の冬は本当にお寒い限りです。
お店の方もお年始時期だというのに、例年の活気がなく
控え室で過ごす時間ばかりが増えています。
それでも二輪車遊びへのリクエストは確実に増えており
現在4名の二輪車組では捌ききれない日もあります。
私たちはこれに甘んずることなく、さらに二輪車遊びを充実させるために
二輪車キャンプを行ないます。と言ってもどこかへ遠征するのではなく
お店の中での練習ですが、普段の練習が個別(2〜3人)の自主トレなら
今回は本格的な4人全員での練習会にしたいと言う意味です。
そこでお客様にお願いです。
二輪車経験者の方!経験してみてどんな部分が良かったか悪かったか
些細なことで良いので教えてください。そしてリクエストがあれば
個人の主観で構いませんのでどしどしメールでお寄せ下さい。
あるいは二輪車に興味のある未経験の方の質問も頂ければ幸いです。
ご意見ご感想はファンレターメールにてお願いします。
それでは練習会の報告はまた後日いたします。
第33号
1月13日
 〜堀ノ内の歴史 J 〜新風営法の施行
 

新年あけましておめでとうございます。
きょうは会社での仕事始めで、まあ初日ですから重要な会議も無いし、年賀状をチェックしたり、挨拶電話を捌いたり、比較的のんびりと2002年がスタートしました。それでも予定では、正月期間の4日間お店に出ていましたから、少しは疲れていたり眠かったりするはずなのに私は超が付くほど元気です。ナゼなら正月あけのお店は驚くほどヒマだったのです。12月も決して書き入れ時とは言いがたい状況でしたが、日没前に予約が埋まる日だって1回か2回はありました。ところが例年なら繁盛時期を“盆と正月”というほどに活気に満ち溢れている頃なのに、今年の正月は惨憺たるものです。予約はガラガラで、お陰で控え室でのお昼寝を充分に堪能できたのです。なので今の私の元気ぶりはあまり嬉しくない元気です。
新年のご挨拶ですから大入り御礼ではじめたかったのですが…
心有るみなさま!風呂始めは是非ともラ・ドルフィンへ!!!

さてさて、コラムの原稿を書こうと思って、久々にHPにアクセスしてビックリしました。以前は数人いた執筆者が私一人になっているではないですか。ほかの姫君は退店されたのでしょうね。思えばラ・ドルフィンでのバイトも3年を越え、常時在籍者20人足らずの店で100人近い姫君の退店を見送ってきました。早くて1日2日、長くても半年で辞めていきます。1年以上ご一緒した姫はほんの数人です。
いまどきどんな仕事でも安易に転職するのがトレンドのようですが、風俗業界はその最たるものです。やはり、お客様のニーズの筆頭が“素人”で次が“新人”ですから、数ヶ月でお店を変わり、常に“新人”でいることにメリットがあるのかも知れません。
私はというと、会社を変わったこともありませんし、お店のバイトもあまりの居心地の良さにずーっとラ・ドルフィンで続けています。ですから素人でも無く新人でも無く、年齢も毎年確実に取っているで不人気3本立て状態ですが、転々とするのはどうも性に合わないのでどかっと居座っています(笑)

<堀ノ内の歴史 J 〜新風営法の施行〜>
いやはや久々のコラムなのに前置きばかりで済みません。やっと本題です。内容は“歴史”の続きになるのですが、今回は特に堀ノ内と言うのではなく全国的な出来事を取り上げます。
1985年2月13日、改正風営法が施行されました。正確には『風俗営業等の規則及び業務の適正化に関する法律』と長ったらしく、それ以前の『風俗営業等取締法』でも何ら不都合はなさそうですが、まあ略してどっちみち風営法は、敗戦間も無い1948年制定以来の大幅改正で華々しくスタートしたのです。
この法改正の直接的なきっかけは施行の前年に、新宿区内の小学校の通学路にポルノ店(のぞき部屋)ができたことだと言うのが定説です。この小学校の父母らが区や都に対してこの店の閉店を求める陳情をかなり活発に行なったことで国が動かされたとされています。
しかし、警察内部にはもっと以前から、特にニュー風俗関連店に対する取締りを強化するために法改正を唱える者が多数いたようです。ニュー風俗とはノーパン喫茶あたりに端を発する新種の風俗店です。1979年に京都に登場したノーパン喫茶はちょっとエッチな格好のウェイトレスがいただけの高級喫茶だったのですが、翌年関東に進出すると瞬く間に過激なサービスやショータイムなどが加わり、その延長にファッションヘルスが誕生したのです。のぞき部屋なる新型ストリップや“ホテルに出張してのトルコサービス”ではじまったホテトルやそれがマンション内で行なわれたマントルの登場もこの頃です。
ちなみに“ファッション”と言うのは、ノーパンでは聞こえが悪いので、ファッション喫茶と銘打ったことが定着し、やがてこの店内に別室を設けて“ヘルスマッサージ”なるお御上から言わせるととても不健全なマッサージを取り入れたことによる合体語がファッションヘルスあるいはファッションマッサージなんですよね。
警察の話しに戻りますが、以前私の取材に応じてくれた某生活安全課(当時の保安課)の職員氏はとても生真面目な方で、性風俗産業が暴力団の資金源になることや青少年の健全育成の妨げになることを本気で案じていました。しかし、近い歴史を紐解いても、赤線政策を強力に推進したのは当の警察なわけで(1945年8月の進駐軍慰安所設置命令は各地の警察署長が出しているんです)売春防止法を制定させただけで精一杯だったようです。つまり、警察内部には良家の子女を守るためには一部の女性を犠牲にしようと、風俗業者とタッグを組んだ方々が現存していたので改正までに年月がかかったのでしょう。
尤も、私が新風営法の制定に寄与したと考えている事件は1982年に起りました。この年の6月に、女子中学生が新宿のディスコでナンパされ、一人は殺されもう一人もアキレス腱断裂という重傷を負わされました。この事件を契機に、未成年者が立ち入りそうな終夜営業のディスコやゲームセンターへの取締りが強化されましたが、主に動き回ったのは少年課で、不良少年少女を補導するだけでした。しかし、この事件の余波は大きく、終夜営業が悪の温床とばかりに、新風営法の目玉が全ての風俗関連店の閉店時間を午前零時に定めさせることにつながったようです。そして警察の立ち入り権を確立させ、それまで保健所に任せきりだった風俗店の指導に表からあたれるようになったのです。
さて、鳴り物入りでスタートした新風営法ですが、この時の改正には一番蚊帳の外状態だったソープランド業者の反応はどうだったのでしょうか。当時、堀の内の高級ソープで店長をなさっていた方に伺ったところ、法改正がマスコミで話題になった当初は、ニュー風俗の取り締まり強化が叫ばれていただけに大賛成だったのだそうです。“素人”を好む多くのお客様をニュー風俗に奪われていたので法律の後押しで巻き返しを期待するという変な状態だったようです。しかし、営業時間が事実上短縮されて、収支はトントンだったとか。
では、新法がソープランドに対して適用されたケースはどうだったのでしょうか?新宿では、施行後半年で客入りが激減しソープランド1軒が営業不振で廃業したそうですが(廃業はヘルス4軒ラブホテル1軒)、司直の摘発を受け廃止処分になったのは翌86年の吉原「ラ・フォーレ」でした。この店は専属のポン引きを15人も雇い入れ、悪質な客引きを繰り返していたのだそうです。新風営法に基づくソープの廃止処分は全国でも始めてでした。
堀の内では新法以前にポン引き退治が済んでいますから、この手の摘発は無かったようですし、午前零時営業終了(とはいえ実際は午前零時に最終案内になっていますが…)は「終電で帰れる!」と姫君たちを喜ばせたという側面もありました。
そして1985年は日本の経済史上例を見ないバブル時代の幕開けでもあったのです。9月に米プラザホテルで開かれた先進5カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)で、アメリカの双子の赤字解消策の一貫で推し進められたわが国の内需拡大策と為替相場安定のための円高基調(いわゆるプラザ合意ですね)が空前のインフレにつながりそれが実態無き経済すなわちバブルだったのです。
では、バブル景気の頃と、その後訪れたエイズパニックでの堀の内の様子はこれからリサーチしてみたいと思いますのでどうかお楽しみにね。
それではPCの前の貴方!程よく熱いお風呂と限界を超えた熱いひとときが待っていますので是非ともお店にね!!

since 22.May.2000